今一度、イタリア料理を整理してみた。
僕のイタリア料理に対する考え方は尊敬する長本先生の考えを土台としながら、自分なりの考えも付け加えています。
☆ イタリア料理とは?
イタリア料理とは何か。何をもってイタリア料理とするのか。イタリア料理の定義とは?
僕自身、その答えが見い出せないままイタリアに渡った20代の頃、働いていたレストランのイタリア人シェフに聞いても「イタリア料理の定義なんてものはない」と言われた。答えられなかった。
「イタリア料理とは何か?」これはイタリア料理に身を置く者の大きなテーマであり、その答えは現在も模索中ではあるが、現時点での自分なりの答えをまとめる事にする。
1861年、現在のイタリア共和国の前身であるイタリア王国が統一運動により建国された。
古代ローマ帝国の崩壊後、現在のイタリアが統一された事はなく、別々の王国・公国が乱立していた。(サヴォイア家のサルデーニャ王国(ピエモンテとサルデーニャ)、オーストリア帝国の一部のロンバルド=ヴェネト王国(ミラノからヴェネツィア一帯)、パルマ公国、モデナ公国、ルッカ公国、ハプスブルク=ロートリンゲン家支配のトスカーナ大公国、ローマ教皇の統治する教皇領、スペイン・ブルボン家の統治する両シチリア王国(ナポリなど南イタリアとシチリア))
ローマ帝国の崩壊後にゲルマン民族が入ってきた後は、中部イタリアより北は都市国家が乱立し、シチリアは多くの支配者が変わりながら歴史を重ねてきており、イタリア統一直前も元々、別々の文化を持った国々であり、
イタリア統一によってそれらを合わせて一つの国家になっのであり、現在、その国の料理をイタリア料理と呼んでいるにすぎない。
「イタリア料理とは郷土料理である」。
つまり、イタリア料理とはイタリアのそれぞれの土地の郷土料理(その土地の地理的要因×歴史的要因によって生まれ、引き継がれてきた料理)の集合体であると言われる。僕は、この考え方はほぼ正解だと思うが、説明するにはもう少し因数分解した方が良いかと思う。
イタリアの郷土料理・伝統料理の流れには大きくは2つの流れがある。
クチーナ・ポーヴェラと言われる生きる事を目的とした庶民の料理、家庭の料理、マンマの料理。
そしてクチーナ・リッカと言われる貴族文化、宮廷文化の中で、単に生きる事を目的としていない、おかかえの料理人につくらせたぜいたくな料理。
そして、見落としがちだが、この2つ以外の第3の流れがあり、それが教会、修道院で生まれた宗教的意味を持った料理と研究的要素の強い料理である。
料理というのはこういった3つの流れの中の「どんな人」が「どんな目的」で作ったかで全く違うものになってくる。
イタリア郷土料理を捉える時に大切な考え方として、「歴史」という縦軸と、多彩な地理的要因を持つイタリアの「土地」という横軸が重なった、その点の「時代」「場所」でどんな人が、どんな目的で作ったかを考えると、イタリア料理のその一皿の輪郭は捉えやすい。
現代ではクチーナ・リッカの流れは宮廷・貴族の館からホテルへ、そして街場のレストランへと場所を移し、現代の料理人から生まれた料理も存在し、それがクチーナヌォーヴァやクチーナ・クレアティーヴァと呼ばれている。
イタリア料理とは、庶民の料理(クチーナ・ポーヴェラ)、宮廷・貴族の料理(クチーナ・リッカ)、宗教的な意味をもつ料理(クチーナ・モナスティカ)が長い歴史の中で、互いに影響を与え合いながら受け継がれてきた料理に、現在も新たに生まれ続けている、料理人によるリストランテの料理、これらを全てひっくるめて、極めて大雑把に呼んでいるのがイタリア料理である、と考えている。
そして最後に、重要なポイントは「イタリア人」が生みだす、もしくは「イタリア人」が受けついできている、という事であると思う。
シチリア料理リカータ
畔柳健司
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シチリア料理 リカータ
住所:京都府京都市下京区泉正寺町466
日宝京都2号館
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